2018年08月18日

一週間休みます


 一昨日のラウンドで一番良いショットは前進4打からの6アイアンのレイアップだった編者です。何のストレスもなく打てたなあ、あのショット。


 というわけで、あまりのヘタさ、進歩のなさにほとほと呆れ果てた私は、明日から1週間ばかりバカンス自分を見つめ直し、本当の自分のゴルフを探すための夏休み旅に出ます。

 自分のゴルフ探しの旅はゴルフを始めてから1000回ぐらい出ていますが、未だに見つけることができていません。そう簡単には見つからないでしょう。でも、それでも探さずには要られません。

 自分のゴルフはどこにあるのか。練習場にあるのか、コースにあるのか、アメリカ領グアムにあるのか。はたまた、結果にコミットしてくれるあそこにあるのか?ひょっとしたら現世ではなく、三途の川という名のクリークの向こう岸にあるのかもしれません。



 「自分のゴルフはどこかにあるものじゃない、自分で作り出すものだよ」という人もいます。だとすれば、単に努力が足りないだけでしょう。練習が足りないだけでしょう。

 現に、一昨日ご一緒させてもらった、ホームコースの代表選手も務められたO嶋さんは私ぐらいの年齢の時、「月曜日は完全休養、火曜日は1日練習場にいて、水曜日はアプローチだけ数百球、木曜日はラウンド、金曜日もアプローチだけ数百球、土曜日に仕事をして、日曜日は競技か試合か練習ラウンド」

という生活を何年も続けていたそうです。もちろん恵まれた環境にいたからこその日常ですが、やはりインターの選手代表やクラブチャンピオン複数回取るためには、週6回クラブを握るなど当たり前だったのでしょう。

 やはりそれぐらい努力をしてはじめて、「自分のゴルフ」ということが言えるようになるのでしょう。そう、こうやってアホな文章を書いてる隙があるなら1球でも球を打て。そういう事なのですね。

 O嶋さんと同じ1週間は過ごせないけれど、週6回クラブを握ることは可能です。「やっぱり大事なのはアプローチやで」とO嶋さんはおっしゃいました。そう、アプローチの練習ならば、私も毎日でもできる。


 というわけで、週3回のアプローチ練習を自分のノルマとすることをここに宣言し、夏休み旅立ちます。1週間後にお会いしましょう。
posted by hiro at 10:29| Comment(0) | 雑文

2018年08月13日

ゴルフよ、お前もか


 先日、ゴルフネットワークで放送されていた、トヨタジュニアワールドカップのシーン。ジュニアつまり高校生の世界対抗戦で、男子と女子の両方が出場する。まあジュニアと言っても女子はアマチュアランク1位2位3位なので実質アマチュアトップなんだけどね。男子はそうではないけど。

 その番組で、私がちょっと疑問に思ったシーンをいくつか。その1。試合前日のミーティングにて、監督の橋田氏が子どもたち(高校生はまだ子どもである)に対して檄を飛ばす。

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 もちろん勝つことは大事だけど、何も前日にこういう言い方でプレッシャー掛けなくてもいいのでは?相手は高校生だよ。「君たちにはどの国誰にも負けない実力がある。普段どおり、等身大のプレーをすれば十分だから、リラックスして試合に臨もう。試合を楽しもう」ぐらいのことを言ってあげたほうがのびのびプレーできると思うんだけどなあ。

 っていうか、そもそも、高校スポーツの本質は教育ではないの?だから6月という、まだ学校の授業がある時期に開催してるんじゃないの?学校休ませてまで指導することが「勝つこと」だけというのは寂しいし底が浅くないかい。

 いやもちろん私が言ってること(勝利ではなく、いかにプレーするかが大事)は理想論だし部外者の無責任なヤジだしただの文句いいってことはわかってる。でもあえて言わせていただく。

監督がもし杉原輝雄氏だったら、氏はここで何を言うだろう?
もし中部銀次郎氏だったら、何を言うだろう?
もし丸山茂樹だったら?
もし夏坂健氏だったら?
白洲次郎だったら?
ハービー・ペニックだったら?


人によって言うことはそれぞれかもしれないけど、「何がなんでも勝て!」なんてことは言わないと思うんだよね誰も。

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 この言葉もどうかと。だって、教育者が「生徒の比較」をしてるってことだよね。しかも生徒を「ゴルフが上手いか上手くないか」でしか見てないってことだよね。監督のこの言葉を、去年までの代表が見てたらどう思うだろう。聞いてる生徒にしても、ただ単にプレッシャーが増えるだけの効果しかない気がするんだけど。

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 で、こういう教育の場において、いくら合宿中(?)の夕食時であったとしても、高校生がいる横の部屋で大人がビール飲んでるって構図。絶対ダメだろとは言わないけど、保護者としてどうよ、って。思春期の女の子たちを預けてる親の立場で考えてみれば、無責任と言われても反論できないと思うんだけどなあ。

 公立の小学校や中学校ですら、修学旅行などで酒盛りするときには生徒の目が届かないところでするぐらい気を遣うというのに。

 こういう場所で、つまり指導している子どもたちの前で酒を呑むこと自体、私は格好のいい行為ではないと思う。でもこの人達はたぶん「そんなストイックな」「たかがビールだし」「別に練習中に飲んでるわけじゃないし」と思ってるんだろうし、逆に「大事な合宿や会合中でも子どもたちの前で気にせず酒飲んで本音で話できちゃう無頼な俺たちってカッコいい」って思ってるのかもしれない。体育会系だし。



 そう、これらの一瞬しか映らない画から私が想像したことは、大人たちの教育者としての自覚と責任の欠落。

 いやいやそれは大げさでしょ。勝負なんだから勝つことを求めたり、夕食時にビール飲んだだけでそこまで言うのは大げさだし、そんなふうに考えるお前のほうがむしろ歪んでるんじゃないの?」と反論はあると思う。でもこれはどうでしょう?

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 女子チームのエースが左手親指を疲労骨折していた。ゴルフをしている人ならわかると思うけど、左手親指が折れてたらスイングどころかグリップすらままならない。打つたびに激痛が走るし、完全にドクターストップだよね。でも、本人は出場した。周りの大人は止めなかった。そして番組はそれをあたかも美談であるかのごとく放送した。

 勝利のためなら、骨折してる子供に我慢させて試合に出すのが教育なのか?本人がいくら出れる、出たいと言っても棄権させるのが大人の役目では?試合よりも体や人生が大事、それを教えるために監督やコーチという大人がいるんじゃないの?

 それより何より、この怪我をおして出場したことで彼女の選手生命が短くなったり危ぶまれたりしたら、監督やコーチはどうやって責任を取るつもりなんだろう。



 ゴルフ界も前時代的で教育者ではない人間がトップに居る。相撲やレスリングやボクシングなどとまったく同じだな、と思った。
posted by hiro at 13:09| Comment(0) | 雑文

2018年08月06日

リラックスしてラウンドする方法


 全英リコー女子オープンで比嘉真美子がやってくれた。9アンダーで4位タイ。日本勢の二番手が52位タイの岡山絵里だったから、1人突き抜けてたよね。

 彼女の活躍はまあ当然。だって、勢(いきおい)がついてるんだから(わからない人はグーグル先生で「比嘉真美子 勢」で検索してみよう)。



 で、彼女のプレーについて初日から3日目まで、解説のトバリショー氏や樋口久子プロが何度も「すごくリラックスしてラウンドしてる」と言ってた。それが良かったと。そうなのである。ゴルフで最も大事なことの1つは、平常心というか自然体というか、普段通りの自分でいること。それが100%の力を発揮する一番の方法だよね。

 でも、わかっちゃいるけど簡単にはできない。入れ込んだり、緊張したり、興奮したり、過度に力を入れたり。そんな事をしても百害あって一利なしなのに、なぜか力任せに打ったり逆に怖がって小さなスイングになったりしてしまう。

 比嘉真美子の場合、やはりプライベートが充実していることがリラックスできた要因の1つになっていると想像できるけど、プライベートに致命的な問題をいくつも抱えている、っていうか私自身に致命的な欠陥がある(KYとか、友だちがいないとか、借金があるとか、◯が恐ろしいとか)のでプライベート充実によるリラックスは不可能だ。

 そうなると、ラウンド中だけでもどうにかしないといけなくなってくる。ではどうしたらリラックスしてラウンドできるのか。

 ショット前に深呼吸する、畑岡奈紗ちゃんのぴょんぴょんを取り入れる、ジェイソン・デイみたいにちょっとの間瞑想する・・・こういうことも一定の効果があると思うんだけど、なかなか続かなかったりそれでもなお打つ直前になって力が入ったりする。なんぜゴルフのスイングってやつは直前の素振りで完璧に振れてても、本番になると似ても似つかぬ動きになったりするものだから。




 そう、フィジカル中心に考えるのは限界がある。やっぱり、メンタル面なのだ。そこで私が取り入れている事。

 人生に絶望しながらラウンドする。

 今、いくらこうやって楽しんでいても、あと数時間でラウンドは終りガラクタのような日常に戻らないといけない。俺はこんなところでこんな事をやってていいんだろうか。生老病死。花の命は短くて苦しきことのみ多かりき。生まれてきてすいません。この世の一切は無である。俺は何のために生まれてきたのか。どうせいつか死ぬ。地球はあと数十億年で消滅する。

 ここまで考えたら、ゴールはもうすぐだ。

 人生など無意味だ。いや、人類という存在すら広大な宇宙のスケールと比べればゴミのようなものだ。その宇宙でさえ、数千兆年後には熱的死を迎え、存在するすべてのものがクォークレベルに分解し、静止する。そして静寂だけが支配する宇宙が永遠に続くのだ。

 そんな世界において、

 ナイスショットやいいスコアでラウンドすることに、いったいどんな意味があるというのだ!

 ここまでくると、リキんでティショットを飛ばしてやろうとか、気合を入れてグリーンに乗せてやろうとか思うことがバカバカしく思えてくる。すると肩の力が抜け、ただただ無心でクラブを振ることができるようになるのである。




 ただ、この方法にはいくつか問題があって、ラウンドが終わってからも本当に人生に絶望しその結果悟りを開いてしまったり、ラウンドそのものが全然面白くなくなったりしてしまう可能性がある。しかし、ミスショットの後に訪れる絶望を何度も感じるのとどちらが辛いかと言うと、どっちもどっちなのである。

 えー、というわけで、私を知っている皆様、私がラウンド中、明日死ぬような顔をしていてもご安心ください。宇宙の終焉について考えているだけです。
posted by hiro at 10:00| Comment(0) | 雑文